1.水菜を3センチぐらいに切る
2.しいたけは薄切り
3.にんにくはみじん切り
4、オリーブオイルでにんにくをいためて、香りがたってきたら水菜としいたけもいためる
5.パスタは塩強めで
6.ゆであがったら上記に加えて市販のたらこソースも一緒にあえる
7.最後に海苔の細切りをトッピング。
おいしゅうございました。
1.水菜を3センチぐらいに切る
2.しいたけは薄切り
3.にんにくはみじん切り
4、オリーブオイルでにんにくをいためて、香りがたってきたら水菜としいたけもいためる
5.パスタは塩強めで
6.ゆであがったら上記に加えて市販のたらこソースも一緒にあえる
7.最後に海苔の細切りをトッピング。
おいしゅうございました。
8年ぶりぐらいにS社のHさんとお会いして、1時間ほどお話しました。
パーソナライズ技術とかリコメンドとか言うけれど。
・人は自分に合ったものは欲しいけど自分のことは知られたくないんじゃないか
・そもそも人は機械に自分のことを理解して欲しいと思っているのか?
・何かを聞くと「修行が足りないで直して来い」と返事してくるサーチエンジンが求められているかも
・というか検索じゃないよねたぶん
みたいなことをお茶を飲みながらだらだらと。
一番強く思ったのは、そんな話をとりとめなくできる相手がいるということは幸せだということ。
引きこもりはよくないね。うん。
Googleで、できることの、1番が。
こんなところで「ひらかた」の不意打ちくらうとわ。
Janne Da Arcの HIRAKATA 以来かもしれんwww
ブログを書いている人が FriendFeed を始めるべき7つの理由 | Lifehacking.jp
なんてのをみてしまったもので、FriendFeedを早速登録してみたわけですが、うーん難しい。自分のTwitter、Tumblr、ブログ、Deliciousを一本化したFeedを垂れ流すところまではできたけど、自分がフォローしている人のTwitter以外のフィードってどうやってみるんだろう、とか、自分が他の人のブログにコメントしたのがどうやって自分のフィードに反映されるの?とかまだまだ謎が多いでする。ちょっと使いこなすのには時間がかかりそうです。
ちょっと最近情報過多気味で処理が遅くなってる気がしているので、z自分の情報源と位置づけ図にを整理してみました。
つまり作業用のダッシュボードにあたるところがないのでどうにも情報がとっちらかった状態になっているということがよくわかりました。FriendFeedのお気に入りとかグループとかImaginary Friendの機能を使いこなせればダッシュボードがわりになるんだろうか。
でもメールの情報まで入れようとおもうとどうなんだろう。そもそもGoogleAppsのドメインアカウントでRSSリーダーって使えるんでしょうか。使えないわけないとおもうんですが設定の仕方がわからない。ここをクリアしないことにはメール情報まで統合したデスクトップってたぶん組めないと思うのですよね。
って土曜日の午後に何時間もかけて考えるようなことじゃないですね。はあ。
2009年7月22日。10年前には遠い遠い未来のことだと思っていたのに。日本で見られる皆既日食、どこで見ようかとか考えていたのに。結局どこにも行かなかったどころか、前日夜に入った緊急アポを断りきれず会議室ですよ。打ち合わせが終わってあわててケータイのワンセグつけた時にはNHKの特番が終わるところでした。19時半から特番で硫黄島と船上ツアーからの美しい映像を見ましたけど、やっぱりライブで見たかったです。
鹿児島県のトカラ列島がいいロケーションだということで多くの人がキャンプをはりにいっていたようですが、あいにく天候には恵まれなかったようですね。雨に降られた1999年夏のドイツ遠征を思い出して、切ない気持になりました。ネット中継の企画も多数あったようですが、天気はどうしようもないから、しょうがないね。
LIVE!ECLIPSE2009は予想の5倍アクセスがきたそうです。「雨が降るとアクセス多い」ってセオリーどおりで。今年からiPhone向けの中継とかもやってたようで、毎年進化してるなぁ。NOC周りの中核メンバーは1998の時からずっと変わってないみたいで、ほんと毎年ご苦労さんです。
1997年から1999年まで、日食中継やってました。1997年はシベリア、1998年はベネズエラ、1999年はオーストラリアの金環食とヨーロッパ~西アジア縦断。最初の2回は国内NOCでお留守番、1999年の2回は現地組でした。
現地組は現地組で天気のこととか回線のこととか大変なんですが(今回もキリバスでは嵐に巻き込まれて機材が水没したとか……)留守番組の方もいろいろ大変なんですよね。ネットワーク設計からはじまって、事前の配信経路確保のための各種調整、機材調達と設定。一番緊張するのが前日のリハで、一応24時間前に当日のタイムテーブルにあわせてネットワークのスイッチングとかいろいろやるんですが、予定通りに映像が来ることのほうが珍しかった。
1999年2月のオーストラリア金環食の時は、ルーターのトランスが過電圧でお亡くなりになって、現地で急遽ノートパソコン用の電源を工作して間に合わせたり、電源ができたとおもったらDSUの不具合でISDNが通らないので現地の電話会社を時間外に呼んだり。結局この時はストリーム配信のスルーテストが終わったのは第一接触の3時間前ぐらいだったように記憶しています。夏のドイツの時は、たしか電源コードの長さが全然足りなくて、観測場所の教会に居た人達が家からもってきてくれた延長コードをつないでしのいだり、絶対何か起こるんです。
現地組はそういう状況が分かってるんですが、ばたばたしてる時はどうしても国内に連絡が遅れがちになります。そうすると国内組は予定の時間にストリームが来ない、っていうんでやきもきすることになるわけです。今回みたいに船上からとかだとまた違いますが、最初の映像が送れるところまでが一番の山場かも。
当日は当日で数時間前からサイトのアクセスが増え始めて、さばくために当時は複数の大学とかISPとか天文台とかにWebサーバーを用意してもらってミラーリング>DNSラウンドロビンとかやってたのでその調整とか、ストリーム受け側の目視チェック、中継開始と同時にサイトの更新、中継終了後のアクセス解析と更新、現地へのVOD画像のスケジュール確認と催促(だいたい現地組は即撤収して酔っ払ってるので必死)、プレスリリース作成と配信などなど。1999年は9箇所同時中継の画像を合成して配信とかしていたのでその辺もやってたはず。私は雨のシュツットガルトでふて腐れてましたけど。
最近でこそブロードバンドがあたりまえになりましたが、当時のインターネットで56kとか64kのナローバンドで流れてくる画像は、ほんとに小さくて、解像度も低くて、途切れ途切れで不安定で、それでもリアルタイムに地球のどこかで太陽が欠けていくという時間を共有することにとてつもなく大きな感動がありました。
テレビのニュースで流れるきれいなコロナの画像もいいけど、今そこで起きていることを同時に見る、ということに意味があったんだと思うし、あるからインターネット中継がどんどん増えていくし、多くの人が見に来るのだと思います。今はUstreamとかTwitcamとかニコ生とかで、誰でも気軽に中継できるようになって、いい時代になったなぁと思うと同時に、昔を思い出してちょっと感傷的になったりもします。
なんだかとりとめなくなってしまったけど、中継を見ている人達は、時々でいいから、現地にいかないで中継している人達のことも思い出してあげてくれるとうれしいなーと思います。
皆さんおつかれさまでした。