今日は東京都議会の選挙でした。投票に行こうと思ってはたと困ったのが、「誰に入れたらいいんだろう」ってこと。私の住んでいる区では定数3に候補者6人がいるんですが、新聞取ってないと選挙公報すら届きやしないし誰が今まで何をやってきたのかもさっぱりわからないし。あわててネットで調べて出かけましたがもう少し日ごろから地域の政治に関心持たないといけないねって反省しつつ、帰ってきてたまったお仕事お仕事。
……の合間にTwitterをのぞいていたら、さすがに今日は選挙関連のつぶやきが多いです。私は参加していないのですが、最近、現職国会議員の方が参加して「twitterと政治」っていうでかいオフがあったりで、hotなトピックスなんですよね政治が。おもしろいのは、国会、地方議会、さまざまな議会の議員さん、つまりまさに政治の現場にいる当事者の人たちがつぶやきはじめて、有権者と会話しているということ。
そこで気になったのが渋谷区議会議員 鈴木けんぽう氏(@kenpo_shibuya)のつぶやき。
この意見のこれはだめだけどこれはいい、みたいな思考を政治に持ち込むにはどうしたらいいのかなぁ。それがないとネゴの重要性が際立ってしまう。#
いいものを合わせていったらこうなった、みたいなものをどう作るかですね。さっきのWIKIに似てますね。まさに集合知ということか。#
この政策はおれがやりました、みたいなのは実は集合知の実現を妨げる要因なのかもしれない。そしてこの要素がないと政策的に選挙で選ばれる余地が少なくなる。#
例えば、他党や他候補者(議員)のいい政策をいいと認めて追随したら、嫌がられるわけです。政策には著作権がないから。#
そしてそれは全否定されるべきことではありません。個々の政策の実現というのは大切な仕事のひとつです。少なくとも「代弁者」という役割の発揮だと思います。#
(中略)
誤解されるといやだからまとめると、政治に集合知をいれるためにはどうしたらいいか、皆さんの知恵をお貸しください。というか、もともと会派・政党などは集合知を集約するためのシステムという側面もあるんでしょうけど・・・#
■自分の中にあった矛盾に気がついた
ごめんなさい無知でした。そういう集合知を作るために議会(○○委員会みたいなのも含む)ってあるんだと何の疑いも持たずに選挙権持ってからXX年間信じてました。
国、都道府県、市区町村、いろんなレベルでさまざまな解決すべき課題があって、でもじゃあどうすればいいのかというのは人それぞれ違うから、多くの人の思いや利害関係を調整して、なるべく多くの人が納得できてなおかつ実現可能なおとしどころを探す場が議会だと思ってた、
そのための話し合いをするのが議員だと思ってた。有権者全員が話し合いに参加したら収集がつかないから、有権者が選挙で代表として選んだ議員が、議会で話し合うんだと思ってた。
とはいっても問題は複雑だし相互に関係していて一つずつ切り離して論じられるものでもないから、総論的なものを共有して整合性のある政策群を提案し、実現するために政党や会派というものがあるのだと思っていた。
でも現場にいる人が「どうすればいいんだろう」って悩んじゃうぐらい、違うのか。じゃあ違うんだろう。そしてなぜそうならないのかという理由も、鈴木さんの言うことは確かに正しい。
だって今日の選挙で投票するために、私が時間をかけて調べていたのは「この人たちいったい今までに何をやってきたんだろう、これから何をするつもりなんだろう?」ってことだし、「何を」にあたるのは具体的な政策やマニュフェストだし。
つまりこれって私も、代表を選ぶために「この人はどんな政策を今まで実現してきたのか、どういう政策をこれから実現しようとしているのか」を判断の基準にしようとしていた。つまり鈴木さん言うところの「この政策はおれがやりました、みたいなの」で選ぼうとしていたわけです。うーむ。
■じゃあどうすればいいんだろう。
自分の中に2つの矛盾する見かたがあることに気づかされたわけだけど、これにどう折り合いをつけていけばいいのだろうと考えてみる。どちらを残すべきかといえば、これはもう考えるまでもなく「集合知のようなもの」を持ち込こむべきだと私は思う。議会は対立する意見を戦わせて優劣を決めるのではなく、合意形成のプロセスであるべきだと思う。では、そういう場に送り出す議員を選ぶための投票はどうあるのが望ましいのか。
投票するという行為は「この人はいい政策を作るために知恵をしぼって汗をかいてくれるっていう信頼を預ける」ということだ。選挙の時点で政策や方針や政治的信念を持っていることは大事だけど、同じぐらいかそれ以上に大事なのは、自分を選んだ有権者の声を聞いてよく咀嚼して、有権者の代表者として行動してくれることだ。
集合知が必要なのは議会の会議場や委員会室だけじゃない、議員さんひとりひとりが、有権者の知恵と意見で構成された集合知を持って議場に行くべきなんだ。どうやってそれを集めるかは、それぞれが得意な方法でやればいいと思うけど。
一人ひとりの議員さんがそれを意識して行動することで、政党や会派が「集合知を集約するためのシステム」として機能していくのだと思うし、集合知の形成が票につながる選挙になるのだと思うし、有権者→議員→(政党・会派)→議会、という順序で階層的に集合知が形成されていくシステムが形成できるんじゃないだろうか。
■twitterは手段の一つでしかない
有権者の声を集めるための手段としてtwitterは有用な手段の一つだと思う。タイムラインという場の上に、フォロワーの思考が直列にだだ漏れして自分の思考と並列に混じりあい、そこでゆるやかな対話が成立するというtwitterの特徴は、一人の思索から抜け出して集合知のようなものを形成するために有用な表示形式だと個人的には思っている。
だけどtwitterだけでは足りないのは、考えてみれば分かる。理由は単純で、twitter使ってる人なんて有権者のどのくらいの割合なのかって。東京都ですら1%にも満たないと思われます。そんなんじゃ全然足りない。
twitter議員が増えることはいいことだと思うけど、twitterのタイムラインだけ見ていると見落とすものがあまりにも多いってことは忘れないで欲しい。
こんな議員さんもいるけどね。高槻市市議会(実家から淀川挟んで川向こう、ご近所といえばご近所)の、ののうえ愛(@nonoueai)さん。
本日は、ののうえ愛事務所のオープンオフィス&6月議会報告会です。11:00~16:00まで事務所を明けています。次の議会報告会は13:00開始予定です。お気軽にお立ち寄り下さい。#
なぜ今は東京に住んでる私がそんなことを知っているかというと、彼女がtwitterでつぶやいたから(7/12のお昼過ぎぐらいのことです)。このバランス感覚は素敵だと思う。